もっつの効率的で妥当なブログ

お金もキャリアも人生観も…全部大事にしたい欲張りな30代男子。生活のあらゆるものを見つめ直し、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上を促す、お役立ちライフハック・ブログを目指しています。

「わかりやすい」というは「実は何もわかっていない」ということ

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『今、世の中はわかりやすさを求めているようですが…“わかりやすい”ってことは、実は、“何もわかってない”ような気がします。』

……

どうも、もっつです。

妙な切り出しからスタートしてしまって恐縮です。実はこれが今日のタイトルでもあり、テーマでもあり、そして今日アツく語りたい事でもあります。

今日は、私の職場の“お偉方”が語ってくれた、わりと現代にも響きうる格言「分かりやすいということは、実は何も分かってないということ」について、書き綴ってみたいと思います。

弊社の社内企画「理事おすすめの本」

弊社には“理事級”というお偉方が十数名います。理事とは、もはや私たち社員の出世の最上級に近い、遠い遠い存在の上司です。弊社には、そんな理事の方々が何か本を紹介する『理事おすすめの本』という社員向けの企画があります。

年に1回、社員だけが閲覧可能の掲示板で公表されていて、理事が個人的に好きな本の紹介をし、感じた事や学んだ事などをレビューし、最後には社員に向けてメッセージを残す…という流れで、それが十数名ぶん公開される感じです。

と、ここまでは良い取組のように思えますが…実は殆どの社員がその存在を知りません。理事本人もやる気がある人とない人の差が激しく、中には10分で書いたクソみたい読書感想文を書きやがる役員もいます。今や、弊社でもこの企画を楽しみに見てるのは私くらいなのでは?と思うくらい、全く存在感の無い形骸化してしまった社内企画です。

そんな中、最近「S氏」という理事の方が本をおすすめしている記事を拝見しました。このS氏は私も過去に仕事で関わりがあった御方。あまり悪い噂を耳にしない、人格者として名の知れている方でした。そんな方が本をすすめている記事があって…この度私はそこに感銘を受けたのです。

理事がすすめる本

では、このS氏がすすめた本とは何か。先にそのモノだけでも紹介します。

『水源』 アイン・ランド 著
『肩をすくめるアトラス』 アイン・ランド 著

『言い寄る』 田辺聖子 著
『私的生活』 田辺聖子 著
『苺をつぶしながら』 田辺聖子 著

S氏曰く、①と②はアメリカを知りながら日本の良さ・美風・美徳を再認識できる名著として取り上げていました。と同時に、1冊が5千円を超える分厚い本なので、読むのに気合が必要です、と語っていました。

③④⑤は三部作としての扱いの本です。S氏は、人間性の的を射た表現・人間の中にある微妙なニュアンスの描かれ方が見事だ、と総評していました。

私もっつはとても文学に疎い人間なので、これらの本の良さを後押しすることも批評することも出来ないのが、実に辛いところですね…笑

理事が社員に向けたメッセージ

実は、私は前述の本に感心したのではなく、その後に続く「理事から社員に向けたメッセージ」に、心を打たれました。

上記の5冊のレビューに引き続き、「社員向けメッセージ」としてこう綴られていました。

今、世の中はわかりやすさを求めているようですが、 わかりやすいってことは、実は、何もわかってないような気がします。

人の世がわかりやすいわけがないと思います。微妙なニュアンスがあってこそ人間の味がでる。空気を読むとは、数字を読むことではない。エビデンスでさえない。空気を読むとは、数値化されていない外形化されてもいない無意識の何かに反応した変化の予兆とでもいったものを感じとること なのではないでしょうか。

今の多くの人が読んだ気になっているのは、空気ではなく、明らかにされている数値や統計なのではないでしょうか。ただの数字やエビデンスでもない、もっと微妙なニュアンスとでもいうようなものを読むことが大切なのではないかと考えています。

……

ハッとさせられましたね。

たしかに、今の世の中は、兎にも角にも「わかりやすいもの」は抜群にウケが良いです。わかりやすい解説、わかりやすいネタ、わかりやすい人間性、わかりやすい結果やデータ…それが大正義であり、逆に曖昧性をはらんだコンテンツなんて全部価値が無い!とでも言わんばかりの風潮を感じます。

私も少しばかりTwitter等のSNSをたしなんでいると、どこを見渡しても「分かりやすさ偏重」になっているように感じます。写真はとにかくベストな画角の映える写真をアップしてインパクト勝負。何か議論になると“それっぽい”データやエビデンスを並べて「◯◯は××であるべきだ」と一方的に煽り立てる。そんなやり取りを日常的に目にしている私たちも、知らずうちに「わかりやすいこと=大正義」というマインドになってしまっている気がします。

そして、やはり「分かりやすい」ということは「何も分かってない」ことだと、改めて気づかされました。私自身も仕事をしててよく思いますが、懸案事項とかを分かりやすくまとめた資料・アウトプットって、めちゃくちゃ薄味の仕上がりになってしまうんですよね。ですから、そんな薄っぺらなコンテンツを世に晒すなんて、恥ずかしいやら恐れ多いやらで到底できる所業ではありません。ですから、分かりやすい情報を堂々と世に発信できる人って、実は何も分かってないと思うんですよね。バカでもサルでも分かりやすいタイトルや写真で手短にパッと振り向かせる。誰とは言いませんが、そういった「分かりやすさ」を売りにする有名人・インフルエンサーは本当に多い気がします。そして、それが今や世のメインストリームの様になってしまっている気もします。

もしかしたら、S氏はそんな行き過ぎた「分かりやすさ偏重」で、人間が生み出す微妙なニュアンスを大事にできない社会を危惧されているのかも知れませんね。

分かりにくさを許容すること

ちなみに、この理事のS氏は頭がキレッキレで社内では有名人で、データや数値なんかを簡単に見せると、その追求が非常に長い人…という事で知られていました。ですから「S氏とレクや会議をする際は、迂闊にデータや数値は出さない方が良い」というお達しがあった程、その緻密さもを武器として理事まで出世した御方…という感じです。

そんなS氏が前述の“田辺聖子 三部作”をすすめていた理由は『そんな人間の曖昧で微妙なニュアンス、“分からにくさ”が生み出す人間本来の魅力の描き方が秀逸だった』というもので、そして前述の「社員に向けたメッセージ」があったわけです。そこに意外性というか深みを感じたのです。

たしかに、一定以上は“分かりやすさ”も大事。それを裏付けるデータや数値、エビデンスも勿論大事。…しかし、本当に読解すべきはそんなものではなく、その人個人が生み出す目に見えない空気感や表情・感情の変化…そんな“微妙なニュアンス”で、そこに統一的な解は存在しない。そんなモヤモヤした「分かりにくさ」に価値を見出して許容していく事が、今の私達(というか現代のSNS社会に生きる私達)に足りないのかなあ…と思い知らされました。

お笑い芸人なんかを見てても、ネタそのものの中身よりも、会話と会話のコンマ単位の間というか空気感とか、スベってしまった時の本人の照れ感とか、そう言ったところに人間性の魅力を感じますし。SNSなんかでも、映える写真なんかを見るより「#◯◯写真へたくそ選手権」を見てる方が、撮影者個人の人間性が垣間見えて魅力を感じるのも、そんなところでしょうか。

私も「効率的で妥当なブログ」等と銘打ってるので人の事言えないんですけど…『AかB、白か黒!それ以外は論外』みたいなトンカチみたいな硬い脳でいてしまうと、人間味という大事な魅力が減ってしまいますから、気をつけなきゃいけないですね。

 

この社内企画、個人的にはかなり好きなんですよね。S氏のようにやる気に満ち溢れた御方もいれば、やっつけで書いてるテキトーな理事もいる。そんな“人間性のゆらぎ”がまたたまらなくグッと来るんですよね。続いて欲しいなあ…この企画。たぶんあと数年で終わる気がするけど。

 

本日も、お読みいただきありがとうございました!