もっつの効率的で妥当なブログ

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イチローの28年と私 ~いつもそこにはイチローがいた~

こんにちは、もっつです。

2019年3月21日。ついにあのイチローが28年間のプロ生活を終えて、引退することを表明しました。

私の感想としては

『ついにこの時が来た』

…という感じでした。

 

私は生来野球好きだということもあり、イチローは長らく追いかけていました。私にとって今回の件は、「いちアスリートの引退」にはとどまらない、非常に思いが深いものでした。

今日は、私もっつの人生の歩みとともにいた、イチローという存在について、語ってみたいと思います。

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MLB.JP

 

 

私とイチローの28年

イチローを知り、野球は「ボール遊び」から「スポーツ」へ

私がイチローを知ったのは小学校低学年の時。それまでの私は、友達と毎日近所の公園で、野球ともサッカーともとれぬ"ボール遊び"に明け暮れていました。

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そこに、まさに彗星の如く「イチロー」という存在が、私の目の前に登場しました。

私がイチローという存在を認識したのは、初めて200本安打を達成した1994年のこと。

※実は“28年”といっても、イチローの最初のキャリア2年間はよく知らなかったんですよね…

子供ながらこのイチロー登場の衝撃は凄まじいものでした。おそらく日本全国の公園では「エセ振り子打法」の野球少年で溢れかえったハズです。かくいう私もその一人でした。

また、友達の家ではスーファミで「実況パワフルプロ野球(通称パワプロ」に興じていたのですが、ここでもイチローの存在は強烈でした。私の記憶では、1996年のパワプロでのイチローは「パワーA走力A肩A守備A、ミートカーソルMAX」というほぼカンスト評価で、もはやイチローを使わない理由が見当たらない…そんな存在でした。

(参考)まだイチローがパワプロに登場していた時の能力を見ていく記事|Livero

中学生になり、私は何の疑いもなく野球部に入部しました。僕はセンスが無かったのでイチローの様に左打ちになれませんでしたが、同じ外野手になったことを誇らしくも思ったりしたものです。

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90年代後半になると、イチローは日本ではもはや“無双状態”でした。動画のとおり、1999年のオールスターゲームで、のちに新人で20勝をあげる球筋キレッキレの上原から、あっさりとHRを浴びせた場面は印象的でした。

外遊びでもテレビゲームでもイチローの存在は強烈でした。私の中で、"野球"が「ただのボール遊び」から「スポーツ」へと徐々に認識が変わり、その世界に引き込まれたのも、間違いなくイチローの存在が影響していました。

打っても走っても守っても“オールA”のイチローは、まさにスターそのものでした。ただ近所の公園で走り回るかゲームしてた…そんなただの子供が“野球少年”へとステップアップするには、イチローは十分すぎるほどの「アイコン」だったのです。

私は高校球児に、イチローはメジャーリーガーに

私は高校に進学し硬式野球部に入りました。いわゆる"高校球児"というやつになりました。

自分でいうのもなんですが、割と“ガチ”でした。私はベンチに入るのがやっとの人間でしたが…県ベスト4(正確に言うと県3位)にまで進むようなチームにおりまして、頭を丸めて毎日夜遅くまで野球に打ち込んでいました。

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私が高校球児となった頃、イチローアメリカに渡りメジャーリーガーなりました。次元は遥かに違えど、高校球児となって挑戦する自分と姿を重ね、勇気を貰ったものです。

ただの高校球児とはいえ、一応は“アマチュア・アスリート”ですから、イチローの野球動作はとても参考にしていました。フライを追う時の背走、捕球体勢、バックホーム動作と足の運び、バッティングのタイミングの取り方とスイング軌道…等々。

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イチローは全ての動作がしなやかで強くて…それでいてスマートでした。どこを切り取ってもカッコいい。

今思えば、この頃の私にとってイチローは、パワプロ上のキャラでもTVの中の有名人でもありませんでした。たぶん“アスリート”としての憧れ方に進化していたのだと思います。

私は野球を辞め、イチローは野球を極めた

私は3年間の高校野球生活で、完全に野球に燃え尽きました。大学進学を機に野球は完全に辞めてしまいました。

私は生まれ育った地元を離れ、知らない地で一人暮らしを始めたのを契機に、野球以外の新たなコンテンツを模索をしていました。ちょっと「違う自分になってみよう」と思ったのです。その例の一つとして、この頃は「スノーボード」という新たなスポーツに夢中になったりしていました。

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私が新天地で野球以外の"自分探し"をしていた頃、イチローは野球で極みに達していました。

イチローがシーズン258本目のヒットを打ったニュースを見た時、確かに私も嬉しくは思いました…が、違う感情も生まれていました。

私はただの子供から野球少年になって高校球児にもなって…そして野球を辞めました。その期間イチローはずーーーーーっと野球で高みを登り続けていたわけです。そんな絶えず一心に高みに登っていくイチローを見て「…ところで自分は一体何してるんだろう」と漠然と考えさせられていたものです。

そしてイチローは、息を吐くように毎年200本安打を記録し、歩みはとどまることを知りませんでした。私の歩みはどうだったのでしょう?今思うと、たぶん同じ高低差の所をウロウロとしてただけだったような気がします。

私は自分の人生をかけて戦い、イチローは世界一をかけて戦った

何とか一つ違う自分になろうと、他大学の大学院に進学し上京した私。修士1年の終わり頃には就職活動をしていました。

(参考)リーマンショックから10年、私は"就活生"として人生がかかっていた - もっつの効率的で妥当なブログ

リーマンショック直後の2009年、春先の就職活動は状況が悲惨でした。私も漏れなく苦戦を強いられ、「もしかしたら…オレ無職になっちゃうかも…」と本気で恐怖心を抱いていました。まさに私の人生そのものがかかっていました。

…そんな時、野球界ではこんなことが起きました。

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まさに就活の面接予定があった、その合間にこのWBC勝戦がありました。大会を通じてイマイチだったイチローが最後の最後で決めた一打に、思わず自宅のTV前で思わず「っしゃーーー!!!」と声をあげてしまったのを覚えています。

私は自分自身の人生をかけて戦っていたその頃、イチローは世界一をかけて戦っていました。そしてキッチリとトドメを刺したイチローの姿に、私は震えたのでした。

私は社会人となり、イチローは衰え始めた

無事就職と転職に成功した私は、いち「社会人」として日々仕事に精を出すようになりました。

一方で、イチローは200本安打の記録は途絶え、成績は下降トレンドに向かうようになりました。

nipponbaseball.web.fc2.com

小さい頃から無条件で憧れていたスーパースターの衰え…気がつけばイチローも40歳に近くなり、当然といえば当然のことです。すでに"オールA"のイチローではありませんでした。私が個人的に一番見ていて気になったのは、代名詞「レーザービーム」の弾道が、だんだん弱ってきていることでした。

思いの外、イチローは衰えが始まってからも粘り強く活躍を続けました。やはり、打撃だけじゃない、正確な守備・肩・走塁、怪我しないボディメンテナンスがあったから、ヤンキースでもマリナーズでも需要があったのでしょう。

しかし、MLB3000本を記録した時にメットを取った髪は白くなっていたり、マリナーズでバリバリやってた頃は考えられなかった公式戦でピッチャー登板をしたり、2018年は試合に出ないアドバイザーとなったり…そんな姿を見て「終わりが確実に近づいている」と感じたものです。

私は社会人になってもなお、衰え行くイチローをずっと追っていました。しかし、私はもう野球をしてませんから、高校球児だった時のように「アスリート」としての憧れとは少し違う見方をしていました。どちらかというとイチローの"終え方"」への興味が強くなりました。

私にとってイチローの衰えというのは…例えるなら、ずっと読んでいた小説の残り頁が薄くなったときに「楽しかったのに、もうそろそろ終わっちゃうなあ…」という感覚に似た切なさがありました。しかも、私にとっては子供の頃から読んでいた"25年モノ"の小説でしたから、その切なさは計り知れないものでした。

『ついにこの時が来た』

先日の2019年3月21日。イチロー引退試合となる日、私もテレビで見ていました。

この時、試合の途中で「イチローが第一線を退く意向を」と公式発表がありました。実はまだ、この時点では「引退」とは言ってませんでした。もしかしたら、2018年シーズンのように、また違った形で選手を続けるかも…そんな淡い期待もちょっとはしていました。

私がこの最終試合でもっとも強く印象に残ったのは最終の第4打席ではなく、その1つ前の第3打席でした。この成す術もなく「見逃し三振」を喫したイチローを見て、私は生まれて初めての感覚に陥りました。

ファンなら、もう1打席立ってヒットで有終の美で終わる…それを期待するものでしょう。しかしナゼか、まったく応援する気が失せてしまいました。

『これ以上もう頑張らなくていい』

『むしろ三振で引退してほしい』

『ヒット打って、妙に俺を期待させないでくれ』

…とすら感じていました。

切なさや悲しさ、労いの気持ち、小学生からの自身の思い出と当時の憧れ…いろんなものが"ごった混ぜ"になり、最終的には見ていてただただ脱力していました。あの感覚は生まれて初めてのものでした。

物理的に日テレがTV放送を切ってしまったので、そこから先は見れなかったのですが、私にとってはこの第3打席の見逃し三振がイチローの最終打席でした。25年間わたしが愛読した「イチローという長編小説」が、ついに終わりを迎えたのでした。 

私が最も好きなイチローの考え方

イチローは紛れもなくトップアスリートですから、その発言や姿勢については常に目を引くものばかりでした。私もつい時々見たくなって、イチローのインタビュー動画や特集なんかをYoutubeでよく漁っていました。野球以外にも、人としての考え方など色んな学びを得ていました。

スポーツ選手やアスリートの発言は「夢を持とう!」とか「諦めるな!」とか、そういう前向きなものが結構多い印象ですが、そんな中、最近私が特に好きなイチローの「ものの捉え方・考え方」があるので、ここで2つほどご紹介します。

「自分のことは他人が決めればいい」

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この動画の4:40頃から出てくるやり取りで…

「私が元気か?とか調子がいいか?とか…自分のことなんて、私の状況なんて他人が決めてくれたらいいんです」 

一見すると不思議な考えです。

だって自分の置かれた状況や体調や調子なんて、自分自身が一番知ってるに決まってます…特にスポーツの世界では、それが仕事みたいなもんです。それを「自分の調子なんて他人が決めてくれればいい」とイチローは言い放つのです。

これは私達も通ずるところがあって、仕事で「オレは今すごく仕事ガンバってるぜ!」と実感してても、会社からの評価はさほどでもない…そんなことは往々にしてあります。逆もしかりで、大した事してないつもりでも、妙に他人が評価してくれることもあります。

自分のことなんて、他人が決めてくれればいい」これは、さんざん自分自身と向き合い、メディアにも向き合ってきたイチローならではの"悟り"だなぁ…なんて思いました。

「プロとは、まずは自分のためにやるもので、その集積がチームである」

www.youtube.com

11:06頃のやりとり。

「プロというのは、まずは自分のためにやるもので、その集積がチームである」

野球というのは、本当に個人競技に近いチーム競技です。本来ならば、エラーして負けたらエラーした奴の責任です。これを、チーム全体の責任かのように扱って、誰も傷つけずに丸く収める文化が、野球では散見されます。「とりあえず困ったら、個人の事は置いといて"チームプレー"ってことにしとけ」みたいな…私はどうもこの考えが昔から嫌いなんですよね。

イチローの感覚としては、プロというのは、まず個人が自分自身でやるべきことを全うすべきで、チームというのはそれが集積した結果論…といった考えを持っているようです。トップアスリートがこう言ってくれると、非常に心強いですね。

動画の中では、トヨタ自動車豊田章男社長が「チーム=会社」に置き換えて、話を一般社会のレベルに落とし込んで話を展開します。そちらを含めて興味深い話です。

ありがとうイチロー

 

イチローが引退する1週間ほど前、嫁さんと出かけてて「久しぶりにバッティングセンターに行こっか!」となりました。…見ていていかがですか?アラサーもっつの全力スイングは(笑)

マトモに当たらないというヒドさもさることながら、久しぶりすぎて翌日"全身筋肉痛"になりまして…。バッティングを含め、野球というのは普段使いしない筋肉をけっこう使いますから、慣れてないと体を痛めるんですよ。特に私みたいに全身でマン振りしてしまうと。

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これはイチローが本当に最後の年でのプレーですが、本当にこれが45歳の動きなのでしょうか。野球を少しでもやっていると、この機敏な動きを今もなお出来ていること自体が奇跡であることが体感的に分かってしまいます。衰えたとはいえ、実に惜しい思いです。

 

『今日のイチローはアスレチックスとのナイトゲーム。チームは敗れましたが、今日も4打数3安打1盗塁の活躍を見せ、打率は.342に上昇し…』 

…こんな感じの夜のスポーツニュースを聞くのが、本当に大好きでした。それがもう聞けないと思うと、非常にさみしいです。

物心がついた小学校から始まり、今こうして社会人となり結婚して家族を持つようになり…そんな私の人生の長い歩みの中、常にイチローは「スーパースター」でした。

野球選手としてプレーの美しさ。常に高みに挑戦し続ける姿。ステロイド全盛の2000年代前半のMLBにおいて、ガチムチアメリカンを縦横無尽に引っ掻き回すスラっとしたイチローの姿は、一層際立ってカッコよく私の目に移りました。

野球をする姿以外にも、先程紹介したYoutube動画のように、色んなインタビューや対談を見て、人としてのものの考え方や捉え方も学ばせてもらいました。

 

 

私にとってのイチローが、今の小学生にとっては"大谷翔平"なのでしょうね。きっと、大谷翔平に憧れて野球を始めた少年は、きっと今の私になりますよ。きっとね。

 

引退したイチローに、わたしは何といえばいいでしょうかね…

やはり月並みですが「ありがとう」ですかね。